伊東深水と子供たちの疑問を解決!朝丘雪路とのエピソードや作品モデルの全貌
深水の子供たちのなかで、圧倒的な知名度を誇るのが女優の朝丘雪路(本名:加藤雪会、旧姓:勝田/伊東)さんです。1935年(昭和10年)に東京・築地で生まれた彼女は、前述の通り深水と料亭の女将・勝田マサとの間に生まれた非嫡出子(婚外子)としてスタートしています。
【一次証言】「足が地面についたことがなかった」溺愛エピソード
婚外子という立場でありながら、深水の雪路さんに対する溺愛ぶりは凄まじいものでした。当時の日本画壇のトップスターであった深水は莫大な画料を得ており、築地・明石町にあった自宅や料亭では、何人もの女中や書生が雪路さんの身の回りの世話をしていました。
朝丘雪路さん自身が後年のテレビ特番インタビューや自伝的手記で語った有名な告白に、「小さい頃はいつも女中さんにおぶわれて移動していたから、自分の足で地面を歩いた記憶がない」「お金というものを触ったことがなく、バスや電車の乗り方も知らなかった」というものがあります。一般的な家庭であれば単なる誇張と受け取られかねない話ですが、深水という稀代の芸術家が娘を「生きた芸術品」「箱入りのお姫様」として育てていた環境を鑑みれば、あながち大袈裟とは言えないリアリティを持っています。
津川雅彦との結婚で繋がった「日本芸術・芸能界の最強家系図」
1973年(昭和48年)、朝丘雪路さんは俳優の津川雅彦さんと結婚し、翌1974年に長女の真由子さんを出産します。この婚姻によって、日本画の巨匠・伊東深水の血脈は、日本映画の父・牧野省三を祖とする「マキノ家(長門裕之・津川雅彦兄弟やマキノ雅弘監督ら)」という芸能界最大の一族と合流することになりました。
つまり、孫にあたる女優の真由子さんから見れば、母方の祖父が人間国宝級の日本画家・伊東深水であり、父方の曽祖父が牧野省三という、日本の近代美術史と映画史が交差する唯一無二のサラブレッド家系図が完成したのです。
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