なぜ子宝・安産で有名?阿伏兎観音の御利益と「おっぱい絵馬」の真相を徹底追跡
荒波と潮風に晒され荒廃の危機に瀕していた観音堂に転機が訪れたのは、戦国時代の元亀年間(1570, 1573年)のことです。毛利水軍の拠点掌握と制海権の維持を重視した戦国大名・毛利輝元が、堂宇の本格的な再建を行いました。
輝元が手がけた桃山建築の気風を残す優美かつ堅牢な意匠は、厳しい自然環境に耐え抜き、昭和の時代に国指定重要文化財に指定されました。海運を掌握するための軍事・政治的象徴であった建造物が、時を経て庶民の願いを受け止める場へと変遷していった軌跡は、瀬戸内の海運史そのものを映し出しています。
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