日航機墜落事故32分間のタイムライン総まとめ|福田博航空機関士の奮闘と御巣鷹山への軌跡を徹底追跡

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運輸省航空事故調査委員会が1987年にまとめた事故調査報告書は、事故の根本原因を明確に突き止めました。直接の引き金は、1978年6月2日に同機が大阪・伊丹空港で起こした「しりもち事故」の修理ミスにありました。

製造元である米ボーイング社の修理チームは、破損した後部圧力隔壁を修理する際、本来1枚の補強用プレートで上下2枚のドーム板を繋ぐべきところを、寸法が合わなかったためにプレートを中央で切断し、2分割してリベット留めを行いました。この重大な作業ミスにより、リベット接合部の強度は本来の仕様の70%前後にまで低下していました。通常運航に伴う機内与圧と減圧の繰り返し(約12,300サイクル)によって金属疲労亀裂が急速に進行し、ついに18時24分、耐圧限界を超えて隔壁が一気に吹き飛んだのです。

吹き抜けた高圧空気は、機体最後部の補助動力装置(APU)防火隔壁を破壊し、垂直尾翼内部に充満して構造材を破断させました。そして、尾翼内を集中して通過していた4系統の油圧配管すべてを切断しました。設計上の盲点であった「1つの事象が独立した複数系統を同時に破壊する」という共通要因故障(コモンモード故障)が、悲劇を決定づけました。

Sophia Al-Mansoor

Sophia Al-Mansoor

Global Business & E-Commerce Reporter

Sophia analyzes international trade, startup ecosystems, retail transformation, and supply chain logistics for modern digital publications.

Tags: 福田 博 航空 機関 士