サッカー用語「シャドー」はいつから定着?昔のトップ下との歴史的変遷を徹底追跡
日本国内で「シャドー」という用語が一般のサッカーファンにまで浸透した最大の起爆剤は、サンフレッチェ広島が築いた一時代にあります。
2006年にサンフレッチェ広島の監督に就任したミハイロ・ペトロヴィッチ(現・コンサドーレ札幌等でも指揮)は、独自の可変システム「3-4-2-1」を導入しました。攻撃時に両ウイングバックが高く張り出し、ワントップの背後に並ぶ「2」の選手が相手のマークを混乱させるこのシステムにおいて、メディアやファンは2列目の2人を「2シャドー」と呼び始めました。
そして2012年、ペトロヴィッチの戦術を継承しながら堅守速攻のバランスを研ぎ澄ませた森保一監督が広島を率い、4年間で3度のJ1リーグ優勝(2012年、2013年、2015年)を達成します。このとき、佐藤寿人の背後で躍動した髙萩洋次郎や柴崎晃誠、野津田岳人らの役割が「シャドー」として全国中継で連日解説され、専門用語からサッカー界の共通言語へと一気に昇華しました。
欧州サッカーに目を向けると、1990年代からイタリア・セリエAでロベルト・バッジョやアレッサンドロ・デル・ピエロが担った「セカンダ・プンタ(第二のFW)」という概念が原型にあります。それが2000年代後半から2010年代にかけて「ポジショナルプレー」や「ハーフスペースの有効活用」という欧州最先端理論と融合したことで、英語圏の「シャドーストライカー」という表現が日本でも極めて機能的な戦術用語として定着していったのです。
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