ミッチー・サッチー騒動から現在まで!長嶋一茂の回顧で蘇る女傑の伝説と正体
そもそも、日本中を巻き込んだ「ミッチー・サッチー騒動」はなぜ起き、どのようにエスカレートしていったのでしょうか。2020年12月に亡くなった女剣劇スター・浅香光代さん(ミッチー)が日刊スポーツの連載などで残した回顧録や当時の報道記録を紐解くと、発端は驚くほどささいな日常のすれ違いでした。
引き金となったのは、1999年3月下旬に放送されたTBSラジオの番組共演です。番組の控え室で、当時67歳だった沙知代さんが真っ赤な口紅を塗っていたことに対し、浅香さんが「あんた、その赤い口紅は似合わないわよ」と指摘したこと、さらに沙知代さんが本番中にうがいをしたり、息子であるカツノリ(野村克則)選手を溺愛する発言を繰り返したりしたことに浅香さんが不快感を示したのが始まりでした。
その直後、1999年3月31日に浅香さんが都内で開いた記者会見で、沙知代さんの目に余る言動を猛烈に批判したことで事態は一気に緊迫化します。ここから十勝花子さんや渡部絵美さん、さらにはデヴィ夫人までもが参戦し、連日のようにテレビカメラの前で舌戦を繰り広げる「ワイドショー劇場」が開幕しました。
| 時期・フェーズ | 主な出来事・争点 | 社会的影響・備考 |
|---|---|---|
| 1999年3月末(勃発期) | ラジオ共演での確執から、浅香光代さんが緊急批判会見を実施。「口紅」「マナー違反」を糾弾。 | サッチー側も「売名行為」と応戦し、各局のワイドショーが連日トップ扱いで報道。 |
| 1999年4月〜6月(拡大・泥沼期) | 渡部絵美さん、デヴィ夫人らが「反サッチー派」として参戦。1996年衆院選時の「コロンビア大学留学」の学歴詐称疑惑へ波及。 | 単なる芸能人の喧嘩から、公職選挙法違反の告発を含む社会問題へと発展。 |
| 1999年7月〜2001年(法廷・捜査期) | 沙知代さんが浅香さんに対して名誉毀損で損害賠償請求訴訟を提起。その後、2001年12月に脱税容疑で沙知代さんが逮捕される。 | 夫・野村克也氏が阪神タイガース監督を辞任。訴訟は2004年に沙知代さん側の敗訴が確定。 |
| 2017年12月・2020年12月(終焉と追悼) | 2017年12月8日に沙知代さんが85歳で急死。浅香さんは「いい喧嘩相手だった」と涙ながらに追悼。2020年12月13日に浅香さんも92歳で死去。 | 長嶋一茂氏が語った「好敵手」という言葉通り、互いの存在を認め合う関係性として歴史に刻まれる。 |
日刊スポーツの復刻記事などで明かされている通り、浅香光代さんは晩年、この騒動を振り返って「向こうもはっきり物を言う人だから、けんかしがいがあったよ」と語っています。2017年12月に沙知代さんの訃報が届いた際、浅香さんは「本当にびっくりした。元気になったらまた一杯やろうなんて思っていたのに…」と寂しさを隠しませんでした。まさに長嶋一茂氏が看破した「お互いに嫌いだが、認め合う好敵手」という関係性が、2人の最期の言葉からも浮かび上がります。
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