琵琶湖周航の歌の歌詞違いはなぜ?京大ボート部の原歌詞と広まった謎を徹底解剖
琵琶湖周航の歌の起源は、1917年(大正6年)6月28日にさかのぼります。当時、京都の第三高等学校(三高)水球部(ボート部)のクルーは、毎年恒例となっていた琵琶湖一周の漕艇合宿に出ていました。大津の三保ヶ崎を出航し、雄松(近江舞子)を経て北上した彼らは、激しい風浪に見舞われながら4日目に高島郡今津(現・高島市今津町)の宿に投宿します。
疲労困憊のクルーたちを前に、当時工科2年だった小口太郎(長野県岡谷市出身、当時20歳)がおもむろに取り出したのが、自作の詩でした。長旅の寂寥感と湖国の雄大な情景を重ね合わせたその詩は、同宿のクルー福間豊蔵らの心を激しく揺さぶります。誰からともなく、当時学生の間で流行していたあるメロディに合わせて口ずさんだ瞬間、不朽の名作が産声を上げました。
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琵琶湖 周航 の 歌